中平卓馬展が開催されてるということで、
最近彼の評論を多くみるが、みんなイマイチだね。浅田彰を含め。ぷぷぷ
おおよそ、写真業界の中で、彼を語っては説明がつかない。
そもそも土台が間違ってるからな。ぷぷぷ

写真は芸術ではない。
つまり、写真は芸術論で語るのではなく、存在論で語るべき。
中平の論理は、決して複雑難解ではなく、単純明快。
ためしに、J.サルトル読んで、彼の作品みれば
彼の写真論の主旨は、より簡単に理解できる。ぷぷぷ

また、多くの評論が、彼のアノニマス性、自意識の解体についてに語るが、
大事なのは「自意識の解体、再生」というひとつのサイクルが重要。
ほとんどの連中が、この「再生」というベクトルを抜かす。
そして、これらの議論の果てには、表現とは?という
大きな疑問にぶつかり、的外れで曖昧な結論を出す。ぷぷぷ

結局、生きること=表現なんだよ。ぷぷぷ

作品のトーン、アングル、etcの個性が表現ではない。
中平卓馬は、「自分のために」写真を撮る。
自分(世界)を知るために。
だから、作為(手の痕跡)等をする必要はないわけだ。
彼にとって、写真は「資料」にすぎない。

では、なぜ写真を発表するのか?
それは写真家だから。ぷぷぷ