日本の写真学校は、職業訓練の学校なのに先生が誰も専門家ではなく、
機材の簡単な使い方と歴史や思想を教えて終わりだ。ビックやヨドバシの店員でももっと詳しく説明できる。

日本だけに限っては、写真学校の先生になる人はどういう人かって、
その職業訓練をして来なかった人たちなんだよ。

学校にただ長く居続けただけで学校以外ではなにも訓練してこなかった教官、
現場で通用するセンスを磨かなった教官
もしくは、昔むかしは有名だったのだというだけの老害教授が
上手いだの下手だのという採点をすることは、馬鹿げている。

写真学校に行ったらカメラマンになれるのかって、
99%が社会にでたらまったく使い物にならない教科書を数年間勉強しただけだったてことになるだろう。

アシについたのならどうか? その答えも同じだ。
もし先生が有名だったとしてもその中身がある人は非常にマレであって、
有名なら有名なほどその中身がある人は極極わずかなのだ。

たいていのカリスマはテレビや雑誌が作り上げた幻影にすぎない、
その中身のないカリスマたちにあれはしていけないこれしなさいと抑制されることによって、
長く人生の足かせになるだろう。かえって、夢描いたものにはなれないのだ。

写真は、学校に行こうがアシになろうが
誰からの評価も気にせず、誰にも依存せずに、ひとりでやりなさい。
だったらいつまでも撮ることは楽しいものであることだろう。

それが夢見る成功ではないのか?