時は2008年11月。場所は上越線越後中里〜岩原スキー場前間。某鉄道愛好家団体が主催した貸切急行『越後』号の撮影を目的として集まった鉄ヲタの中で1/3は関西方面からやってきた連中だったよう。
その様子は路肩に停められた自動車のナンバーでも多方面からやってきていたことは一目瞭然であった。上越新幹線開業前は幹線としての需要が非常に高く、撮影する被写体に相応しい列車も数多く運行されていたこの路線である。
しかし、以後は凋落の道を進み、更には、撮影可能時間帯である昼間に新潟方面と首都圏を結ぶ貨物列車の運行さえ当時は全く設定されていなかったことも加え、
この雄大な撮影地はスケールが大きい割には1日数本の短編成の普通列車しか通らなくなったことで鉄ヲタの足は遠のいていた。
しかし、この日は電気機関車EF64形が編成前後に連結され、12系客車6両を使用した団体列車が上越国境を越えてこの撮影地を通過していく撮り鉄にとっては一大イベント。
数年間誰も整備することなく荒廃した線路際には築堤に背丈ほど成長した雑草が生えていた。これらを刈るべく関西から来た鉄ヲタ数人が剪定ハサミを持って線路際に駆け寄り草刈を開始。
しかし、撮影者のうち大半は作業に参加する素振りさえ見せない。同じ構図で撮影するにも関らず草刈作業に参加しない集団に怒りを募らせた関西鉄は関東鉄に苦言を申し立てに行き、一触即発のピリピリした雰囲気が漂っていた。
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