高木里代子さんのは。この方もそれなりにトレーニングしてるのはわかるし、
ただのセクシータレントではないのはわかる。そこは認めますけど。だけど
この方の水着活動があるでしょう。あれを非難するつもりは毛頭なくて、
むしろやってほしいくらいなんだけど(笑)ただ、アレをやんなきゃいけない。
やることで高木さんが、鍵盤演奏では表せない何か+Alphaを得られる。
他者と何らかのミュニケーションすることができる。被写体になることで。
たとえそれがカメラマンとの或いは読者との性的なだけの
関係だろうが。だとしたら、それだと、やっぱり鍵盤演奏に自ら限界を
みているってことだよね。鍵盤演奏
によるカタルシスには限度があるって。だからこそ水着にならなきゃいけない。
そうやってまた別のカタルシスを得なきゃいけない。てことでしょ。
その鍵盤演奏が、上手いがそれ以上のものではないと。
自ら認めてるのと同じでしょ。鍵盤演奏で満たされるなら水着でコミュケーション
しなくてもいいはずだしね。そこが勘所だと思いますけどね。いわば総合的に
既成のジャンル分けしてやらなきゃいけないわけだから。しかも1個1個の
ジャンル自体は古臭いわけだから。inter-sectionでやることの新しさはあるけど。
やってること1個1個は旧態依然。そういう人かなと。

で、まなまるさんだけど。一番面白かったのがこの人のでしたね。なによりも
表現しなきゃいけない自己の必然というか、浄化作用というか、それを一番
感じるわけね。わけわからないことやってるし、ナニコレなんだけど、
ただジャズというなら一番ジャズは感じた。即興でなければ得られない欲求を
持ってるという。明らかな異形だし、バケモノぽいし。上の2人にくらべて
何か持ってるのはこの人だという気はしますね。