615:G−LZ◆H6mBY5rVQU:2017/05/06(土)14:41:05 ID:2mh
>>614
モーツァルトの「凶暴なる美」の萌芽を「K.183 1楽章」に私は聴く。
これも「AMADEUSサウンドトラック盤」が出るまで理想の演奏(私が指揮者ならこう演奏したいと同義)が無かった。
ブリテンもクレンペラーも「あの装飾音のアクセントで緊張感がぶった切られる」。アレはない(2〜4楽章はブリテン盤で満足)。
仕方なくモノラルながら「ワルター&コロンビア響盤」で我慢していた。この理想のK.183 1楽章がSACDで聴けるのだから堪らない。

モーツァルトには、この凶暴なる美の他に「美に昇華した哀しみ」の系統があり、「K.320 5楽章Andantino」→→「K.488 2楽章」
→→「フィガロ4幕/カヴァティーナ「おとしてしまった……どうしよう?」」→→「魔笛2幕パミーナのアリア「愛の悦びは霧と消え」」→→「レクイエム ラクリモーサ」
と続く。
そして、モーツァルトにしか聴けないもう一つの系譜は「透明な寂寥感」だろう。
これは、「K.136 2楽章で始まり〜K.595/K.622 2楽章に至る」。全て私の理想の演奏は1〜2種しか無い。

ベートーヴェンの音楽は、私にとっては、時に寄り添い、時に励ましてくれる音楽(後期ピアノソナタ/弦楽四重奏曲は別にして)である。その意味でベートーヴェンは優しい人だったと思う。
モーツァルトの音楽は何処か人間の喜怒哀楽を超えた所にある。全作品の90%は生活するための頼まれ仕事であったろうが………。