>>541に反応しているところからして>>538=>>549という前提で以下を書く。

>それは今の感覚だろ

>>541を読めば、ベームがマタイ受難曲をウィーン交響楽団と演奏した1962年には既に
毎年ウィーンでマタイ受難曲が演奏されている事が分かる。

これだけの情報で、ウィーンで遅くともその時代、バッハの受難曲が受け入れられていることを
示しており、「それは今の感覚だろ」と反論するのは全く的外れである。
もし疑念があるのなら、ググればすぐに>>541が正しいことが分かる。
まずここで>>549は「頭の悪さ」を完全に露呈している。

しかし、ウィーン交響楽団が復活祭の時期に毎年楽友協会でマタイ受難曲を演奏するようになったのは相当古い。

まず知られているところではカラヤンが50年にこの習慣によりマタイ受難曲をウィーンで演奏し、
録音が残っている。
1924年、26年、29年、35年、38年(この年は復活祭での演奏ではない)に、フルトヴェングラーが
マタイ受難曲をムジークフェラインでウィーン響を振って演奏している。
これらはいずれも2日公演。
25年と28年はヨハネ受難曲の2日公演を行っている。

このウィーン響の習慣とは別に、フルトヴェングラーは戦後52年と54年に
コンツェルトハウスでウィーン・フィルを振ってマタイ受難曲を演奏している。
ちなみに54年のほうは4日連続公演。

さらにクナッパーツブッシュは、36年から38年に復活祭でウィーン響を振ってマタイを演奏しているし、
バイエルン州立歌劇場の音楽監督であった20年代に、ミュンヘン(言うまでもなくウィーンと同様カトリック圏)でほとんど毎年マタイ受難曲を指揮していた。

これらの情報は演奏記録を見れば分かるが、ネット上にも整理してくれている人がいる。
ttps://blogs.yahoo.co.jp/nypky810/70767072.html
ttp://kna-club.com/html/modules/knapedia/index.php?content_id=46