うん。 「過去の遺物」は言い過ぎであるにせよ、

過去の一部の限られた作曲家の、一部の限られた作品をやたら名曲として祀り上げて、
その「再現」で喰っている人間が、これほどたくさん世界中にいる、ってこと自体の特殊
性に、もっと気づくべきだとは思う。

しかも日本という西洋とは別の文化に属していたひとたちが。
元来西洋の文化水準に追いつけと、あがめる対象として、西洋音楽が入ってきたの
だろうけれども。たぶんお上の改革で。

ショパン自身の演奏するショパンが録音で残されていたら、現代の状況は多分異なっていた
はず。かなり強くルバートをかけていたらしいしな。

だが、それがないから、「楽譜信仰」が生じて、ルバートとかポルタメントとかは
「排すべき技法」になっていき。ポリーニやオイストラフのようなのが理想になった。

これも20世紀演奏文化史として、もう距離をおいて眺められるようにならないと
だめですよ。