>>72
昔はオペラというのはどこの国でもイタリア語でやるのが標準だった
モーツァルトのダポンテ3部作もウィーンで上演するのにイタリア語だった
イギリスでもドイツ人のヘンデルはイタリアオペラを上演してた
そんな中でフランスだけが例外で母国語にプライドを持ってたからずっとフランス語で上演してた
だからロッシーニの「ウイリアムテル」でもヴェルディの「ドン・カルロ」でもパリではフランス語で初演した
その後イタリア上演に合わせてイタリア語版が作られたが
ドニゼッティも「連隊の娘」とか「ファヴォリータ」はパリで初演してる
音楽の都というと日本じゃウィーンだと思ってるがことオペラではパリで成功するのが作曲家の最大の願望だったわけ
マイアベーアやオッフェンバックはドイツ人なのにパリで活躍した
ワーグナーもパリでオペラを上演して一山あてるつもりだったが「オランダ人」の台本だけ取り上げられて他の作曲家が曲を付けるという屈辱を味わった
後に「タンホイザー」を上演して一矢報いるつもりがブルジョワのドラ息子どもに野次り倒されて大失敗してしまう