虚さんの今の体たらくだと何を言っても説得力がないのかもしれないけど、
「日本にいたら本物のクラシックは体験できない(以下略)」というのは、

クラシック音楽はヨーロッパの貴族文化の一部であり、
その根本である貴族文化に触れなければ
文化としてのクラシック音楽の深い理解はできない、

という意味で捉えたら一つの立場としては十分理解できると思う

そういう立場から音楽を論じたかった動機としては、ドイツ文学、ドイツ文化の研究者としてのアイデンティティもあるだろう

だから今回の虚さんの変心は、研究者としての虚教授の終了宣言に等しいのではなかろうか