シャコンヌのあの部分の下降スケールをきちんと
分離して一音一音を技術スラーで弾くのは非常に困難で
セゴビアも一部デタッシェで弾いているしほとんどの奏者は
スラー的に弾くべきところをたどたどしく普通のスケール的に
弾いてしまっているから その後の条項部分でのデタッシェとの対比が
不十分でこの曲の良さ・迫力が出ていない

なんてね