佐藤も寺神戸もヴィブラートかけまくりだが
18世紀のヴァイオリニストがそうだった保証はないのよね。
20世紀以降の聴衆にとってヴィブラートがないヴァイオリンが何だか下手くそに聞こえるというだけ。