>>411
バッハが書いた「言葉」以外は一次ソースとして認めないという君の理屈だと
バッハ解釈には「一次ソース」は存在しないことになる。

だが実際にはバッハ研究に「一次ソース」は存在する。
バッハが残した楽譜こそがそれである。

正しい「ソース」の意味は、「書かれた言葉」に限定されないからである。
描かれた絵や、書き残された楽譜も、立派な学術上の「ソース」である。