>>497
また一つ仕事を終えたら書いておられますね。
朝比奈先生を始めとする大フィルの面目が音楽家とは言えなかったと言う先生のお考えはその都度拝見しました。
私の様な一素人聴衆にも責任があったのですか?
朝比奈先生に限らず、当時の京都市交響楽団もとても褒められたプロでは無かったですね。
私が立命館大学の学生時代に京都会館第一ホールで聴いた限り、大フィル以下の実力しかありませんでしたよ。
学生席は私ら貧乏学生にも比較的優しい料金でしたが、レコードなどで聴く外国の三流オーケストラの域にも達していませんでした。
私の感想では比較するとまだ大フィルの方が幾分マシだったと思うぐらい酷かったです。
貧乏でバイトで下宿して暮らしてましたが、音楽が好きなので、京響や大フィルぐらいしか聴くお金がありませんでした。
それでもコンサートに行くという湧く湧く感は他に比するものがなかったのです。
それでも先生はそんな貧乏学生だった私を悪い聴衆。無意味な行為と責めることが出来ますか?
学生の最後の思い出にと一万円と言う大金を費やしてある外来オケのコンサートに京都会館に行ってびっくりしました。
デッドなホールに音楽が響き渡ったのです。確かにこれは本物だと思いました。
ある程度聴く耳は私自身はあったのではないですか?それともくそ耳で京響や大フィルに行っていたのは無駄だったのかどうか先生のご見解を聞かせて頂けますか?