>>658
>音楽評論でつらいのは、やはりむやみやたらに感激したり、泣いたりできないこと。
>それって芸術鑑賞の本来あるべき姿と違うではないか、と私などは思うんです。

素晴らしい音楽に接して、感激したり、泣いたりすること自体は、評論家と言えども別に御法度ではなく、個人の裁量に委ねられている
ただ、例えてみれば「感激したり泣いたりしている自分」を冷静にモニターしている「もう一人の自分」がいなければ、人に読んでもらえるだけの音楽評論は何時まで経っても物に出来ないだろう、というだけの話
「パーヴォと個人的にお近づきになりたい」「N響の関係者気取りで会場で大きな顔をしたい」、程度の動機なら、そもそも評論家・ライターを目指す必要すら無く、むしろ一愛好家として謙虚に振る舞った方が歓迎される可能性すら有る
要は桂木の場合、無理して背伸びするのはことごとく逆効果だと言うこと
今となってはもう手遅れだろうけれども