>>68
音が明確・正確にイメージ出来なかったら、音楽的には文盲相当だから、朝比奈隆には譜読みの意味は無い、鉄壁の根拠

何画なのか知らなかったら書は出来ないし、ガット弦の調弦は狂うものだから正確に覚えていて曲の途中でも小さな音で弦をハジいて合わせるしピアノは使わない

音を聞き分ける事は指揮者の能力の根幹で、音楽の能力と無関係なら指揮者は要らないから、朝比奈隆は指揮者では無かった事を吐露している結果に成っている

朝比奈隆著「指揮者の仕事」(実業之日本社)

音楽の聴き方に関連して言えば、僕の若いころ、会社を辞めたあとの青春時代ですが、
音を聞き分けるということがはやっていました。
「この音は何の音?」と言って、ドとかミとかを当てるようなことです。
あれも絶対的なものじゃないけど、子供のときから当てもののように「これは何」とやらせると、
感覚に対して反応みたいなものがある。
僕はそういうことをやったこともなし、いまでも当たらないんじゃないかな。

こういうことを言うと音楽家諸君に怒られるかもしれないけど、ポンとたたいた音が出て、
それがドかレかその間の音か、というのが分かったからいい音楽家になれると思いますか。
それは物理的な感覚とか記憶であって、音楽ではない。音楽というのはそういう音がつながって、
モーツァルトとかベートーヴェンの作品になっていくものです。

音を当てられるというのは、字を覚えるみたいなものですね。
字を覚えて、何という文字は何画かが分かったから学問ができるというわけではないでしょ。
音を聞き分けるなんてことは、聞き分けないよりはいいかもしれないけど、音楽の能力とは無関係だと思います。

そういう教育を受けた人がいまもかなりいると思う。パッと言ったらサッとわかるというような。
でもその人たちがみんな、いい演奏家になっているかというと、まずなっていないんじゃないでしょうか。