https://youtu.be/EJ6WFV2J5LY?si=Nx2iRtzbJkkMnq_3
第32番、第2楽章、
ポリーニの演奏を聴いて、気づいたら涙がこぼれていた。

音は静かで、限りなく簡素なのに、ひとつひとつが「もう言葉はいらない」と語りかけてくる。
人生の歓びも、後悔も、怒りも、和解も――すべてを通り抜けた先で、ようやく辿り着いた場所の音楽。そんな気がした。

ポリーニのタッチは感情を煽らない。
淡々としているのに、なぜこんなにも胸の奥を掴まれるのか。
それはきっと、作曲家の「祈り」や「諦観」を、演奏者が一切の虚飾なしに差し出しているからだと思う。

変奏が進むにつれて、音楽は地上を離れ、時間の感覚さえ薄れていく。
生きてきた年月が肯定され、同時に、もう戻れないものも静かに受け入れさせられる。
抗わず、嘆かず、ただ「そうだったのだ」と頷くしかない境地。

涙は悲しみからではなかった。
むしろ、あまりにも澄んだ場所に連れて行かれたことへの戸惑いと、感謝に近い。

この楽章は、終わりではなく、別れでもない。
「ここまでよく生きたな」と、そっと肩に手を置かれるような音楽だ。

だから涙が出たのだと思う。
ポリーニのベートーヴェンは、静かに、しかし確かに、こちらの人生に触れてきた。