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2002年シーズンにウィーン国立歌劇場音楽監督に就任。
作曲家の武満徹と親交を持ち、深い友情関係を築いた。武満の死後も武満作品を演奏する機会が多い。
小澤と武満との対談は『音楽』(新潮文庫1984年)他、写真集でも発表されている。

2005年暮れに体調を崩し、同年12月に白内障の手術を受けた。
2006年1月半ばには、東京都内の病院で帯状疱疹、慢性上顎洞炎、角膜炎と診断され、通院しながら静養していた。

2006年1月27日にアン・デア・ウィーン劇場で上演される予定であったモーツァルトの歌劇『イドメネオ』の指揮はキャンセルされた。

2006年2月1日、ウィーン国立歌劇場音楽監督としての活動を一時休止。

東京のオペラの森で指揮予定であったヴェルディ『オテロ』の公演もキャンセルすると発表した。

2006年6月、スイス西部モントルー近郊ブロネで開催された「スイス国際音楽アカデミー」にて指揮活動を再開。

また、7月20日には「小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトVII」愛知県芸術劇場コンサートホール公演にてマーラーの交響曲第2番『復活』を指揮し、日本国内での指揮活動を再開した。

2006年度のサイトウ・キネン・フェスティバル松本、2007年4月にベルリン・フィルを指揮をしている。

2007年、ウィーン国立歌劇場総監督ホーレンダーの2010年勇退に伴い、音楽監督小澤征爾の同時退任が発表された。

2010年シーズンからの総監督はドミニク・マイヤー、音楽監督は、ウェルザー=メストの就任が発表された。