>>553
【その8】
此処で、レオナルドに於ける【完成】について触れなければなるまい。
まず確認しておかなければならないのは、レオナルドにとっては、「絵画は色のある素描ではない」ということだ。
レオナルドがほとんどすべての作品を未完成の状態で残したのは、不幸な偶然の積み重なりと素直に解釈するのが正しく、全体に共通する一貫した意味はないと私は考える。
未完成画のひとつひとつがそれぞれ別の理由で未完成に残されたのである。
言い換えれば、レオナルドの未完成作品は製作の途中で終わっている作品であって、あの段階で終わることを始めから意図して作られた作品ではない。
しかし、ひじょうに良い調子が出ているので、あのままでも芸術品としてじゅうぶん鑑賞に耐えるというにすぎない。『モナ・リザ』とてこの範疇にある絵画であることは忘れてはならない。
幾多の美術批評家たちの戯言は無視するとして、レオナルドに於ける完成の一例として、たとえば『モナ・リザ』の【右手(腕ではない)】を私はあげよう。
ここに私はレオナルドのスフマートの神技を見る。
しかし、このアルティザン的な絶技はそれを駆使する芸術家としての彼の精神があってはじめて生かされるのであって、レオナルドにおける完成は断じて職人仕事ではない。