>>558
【その13】
『聖母アンナ』
はじめに、この絵は全く未完成な段階にあるということを確認しておかなければならない。
レオナルドの作品中いちばん完成度が低いのは『三王礼拝図』で、これは全体の布局さえもまだ完全には決まっていない。
登場人物はもっと増えるかもしれないし、減るかもしれない。背景の騎馬戦などはたぶんある段階で消え去るべきモチーフであろう。もちろん彩色は全くない。
『三王礼拝図』よりももう少し先まで描き進んだのが『聖ジロラーモ』である。この絵は、モノクロームの下書きが終わり、背景の一部や聖者の顔(私にはレオナルドが毎夜解剖していた死体の顔に見える)にわずかに彩色を始めたところで終わっている。
それよりもさらに進んでいるのが『聖アンナ』で、画面全体に簡単な彩色をして、色の調子が整ったところで終わっている。聖母の顔はおおよそ完成とか言う人がいるが、そうではない。
聖母の顔には額、あごの先、頬骨の上に白でハイライトまで入れてあるが、それは調子を見るためのもので、最終的なものではない。
この絵が完成からほど遠い状態にあることは、写真や複製でもわかる。キリストの向かって左側の輪郭線が、聖母の右手を境にして、上下で十五センチも食い違っている。たぶん、下半身が古い線であろう。
描き進むにしたがって、キリストの上半身は位置や大きさを修正されて現在のように変わった。修正が下半身まで波及しなかったのは、さすがの彼も、仔羊のできばえに未練があって、その辺はいじりたくなかったかので、あとまわしになったのであろう。