>>561
【その15】
1501年のカルトーネは結局油絵にはならなかった。構想が更に大きく変わり、キリストの受難を象徴する仔羊が洗礼者ヨハネで置き換えられる。この段階を示すのがロンドンのカルトーネである。
結果的には、ロンドンのカルトーネはいわば寄り道となる。
『聖アンナ』は三位一体画とも呼ばれ、祖母と母と子で三位一体を象徴する神学的意味を持つ画題である。単なる聖家族の絵ではない。
したがって、受難を象徴する仔羊があってはじめて神学的な意味における構図が完成されるのである。
しかし、この寄り道をすることによって彼の構想は最終的にふっきれたように思う。ロンドンのカルトーネのキリストの位置まで聖母が前にかがみ、ヨハネの位置までキリストが移動したのがルーブルの絵の構図である。
レオナルドが、幻想の中で、ロンドンのカルトーネの背後にルーブルの絵の構図を認めたのであろうと、私は思う。

ルーブルの『聖アンナ』を彼は死の直前まで手がけていた。彼はこの絵を楽しんでいたように思える。この絵にかかっているときが彼にとっていちばん自分の時間ではなかったかという気さえする。
暇さえあればこの絵に帰ってくるのが彼の最晩年の生活だったように思う。
聖母の足もとの小石がひとつふたつかなり念入りに仕上げてある。小石の変に硬い感じが実に良く描けている。
しかし、この調子で全体を仕上げるとしたら、一体いつでき上がるつもりだったのだろうかと苦笑を禁じ得ない。
時間など完全に超越してしまって、こつこつ仕事をしていたのであろう。ハイゼンベルク教授がいつ完成するともしれない統一場の計算をこつこつと進めていた様に似ている。