>>562
【その16】
背景の山水にはウフィツィの『聖告』の背景以来の伝統がある。突兀たる奇岩の重畳は『聖ジロラーモ』や『岩窟の聖母』でいちど中景から前景にまで押し出してくる。『晩餐』では室内から窓越しに見えている。『アンギアーリの戦い』もおそらくこのような風景の中で戦われるはずだったであろう。
『モナ・リザ』で再び遠景として扱われる。『聖アンナ』の背景はその到達点であり、完成である。
ドロミーテン・アルプスを連想させる急峻な山々が奥へ奥へと重なりながら、どこまでも深まってゆくおもむきは無類である。これほど画格の高い絵は、『雪舟の山水図』意外には無い。
レオナルドの『聖アンナの背景』には水墨画の山水にはないふしぎな光がある。輝きがある。
この光と考えて輝きというのは、三王礼拝図』以来レオナルドの絵に固有のもので、おそらく色の対比と、それから逆光をじょうずに使うことによって生み出すのであろうが、画中の空間が光を含んでいるような感じがするのである。
彼は大気を輝きとしてとらえ、それを表現することに成功している。