信仰が何であるかより、その人の思考の文化的背景のほうが大きいと思うね
非キリスト教の文化領域に生まれ育った人がクラシック音楽をやると、
まずキリスト教関連の知識がほぼゼロなわけだから、聖書を読む、入信する、
その地に行くとかしないと、現地人と同レベルのスタートラインに立てない
しかし、頭に知識を詰め込んでも、もっと根源的なところに染み付いた自分の生まれ故郷の記憶については書き換えが効かない
音楽はその根源的な記憶とか感情に触れるものだから、その部分と今演奏しているものとに乖離があると、
どうしてもテク重視、頭でっかちな演奏になってしまう(一昨日の吉田誠、小菅優の演奏などはその典型例)
大事なのは、その違和感は違和感として認識しつつ、
同じ音楽を良いと感じられる人間の根源的共通性は何なのかを追求することだろう