なぜ一昔前の現音作曲界では伊福部昭には微妙な反応して、早坂文雄には好意的な人が多めだったのかは謎(例外もある前提で)
どちらもアジア民族主義的な作風の独学者ながら
伊福部はストラヴィンスキーの原始主義・新古典主義の系統にある動的な音楽で、作風は変化しなかった。黛・松村には影響を与えたが、その系譜は主流ではなかった。
早坂は印象派からメシアン系統へ作風を変化させていき、その延長線上に武満徹らがいた。前衛派にとっては連続性がはっきり見えたから、だろうか。では藝大アカデミズム派からは?