オシッコというものの魅力は、出した本人の全身を血液として巡ってきたものから濾し出された、
言わばその人のエッセンスとも言うべき液体であるところにあると思う。
その人の心臓を、動脈を、毛細血管を、脳を、目を、全ての臓器を、全ての組織を
全身隅々まで巡ってきた液体。
もしかするとその中には、本人が生まれたその日や、お母さんのお腹の中にいた時の成分すら、
僅かながら混じっているかもしれない。
言わば、その人がこの世に現れてから今の今まで生きたきた、その生き証人がオシッコなのだ。
そして、そのオシッコが出されるとき、女性はオルガズムに似た感覚、ピーガズム(peegasm)を感じることがある。
母親が我が子を出産して自分の命を譲り渡す時、命が「イク」ことにも似た恍惚、それが女性の排尿である。
そのひそやかな歓び、女性の秘密の中でもとりわけ秘中の秘の儀式に立ち会うことは人生の幸運である。
そんな時、せっかくのオシッコが便所に流されて痕跡も止めないようだと悲しくなる。
一生思い出に残る、儚くも美しい場面でなければならない。
ここで個人的な思い出をひとつ。
目の前で恥ずかしそうに野ションする女の子を「いいんだよ、僕が見張っているから最後まで出しちゃいな」と慰めてあげる。
終わった女の子がティッシュで後始末してパンツを上げた後、アスファルトの上を川のように流れるオシッコをまじまじと見つめながら、
「すごくいっぱい出たね〜大洪水になってるよ」と言ってやる。
女の子が泣きそうになって「だって最後までしていいってさっき・・・」と言いかけるのをさえぎって、
「うんでもこれはさすがに出し過ぎでしょう」とトドメを刺す。
女の子は「ごめんなさい・・・」と呟いてうなだれる。
そこで「いいよいいよ、すっきりした?」と優しくたずねると、彼女は安心した様子で、小さく笑ってこくんとうなずいた。
このことは彼女とオレだけの秘密になり、彼女が大人になってからも、オレと目が合うたびに、
彼女は照れて目を伏せた後、共犯者の微笑みを送ってよこすのだった。