完全5度のサブを完全協和音程であるとするのと、調性上に配した完全4度ととらえるのって単純な話で
ある音から見たドミナントをサブドミナントとして持ち出してるだけっていう

数字付き通奏低音の普及への感想は
クラシックの権威とクラシック以外の音楽家の五線譜至上主義と和声どうでもいい勢が別れてる限りあんまり普及ありなしで影響ないんじゃねって感じ