まとめると要するに60年代から70年代初頭にかけて存在した東京の踊り場なるものは
所得の少ない若年層が来やすいように、値段が安くラフな服装でも訪れやすいようにして
インチキ創作盆踊りを教えてガキからこずかいを巻き上げる商売を始めた結果
部落民の日本人・朝鮮系などのマイノリティのアタマの悪い若者が騙されて通うようになり
トンキン土人の元気な子達が集まり楽しむ場所として定着したってことですね。
なので、当時通ってた客層は質が低い人間が多いため60過ぎても粋がって
踊り場は気合いのたんねぇ素人は通えない命がけで通うダンスフロアーという名の戦場とか
与太話をしては自慢してるということなんですね。