若さと言うものは掛け替えのないものです。
少年時代、思春期に得た体験で吸収されたものはその後の心や感覚面にも大きく
影響します。特に10代で知り得た音楽や遊びやカルチャーは若い心を揺さぶり
刺激しアンテナを研ぎ澄まし自らの感性が自然に高められたことでしょう。
その昔のことを後の時代にすでに吸収力も感性もにぶっている年のいった
大人が同じように経験しても確かに感性など高まらず、表面だけの錯覚で
本質はなかなか理解できないと自分も思います。つまり新しい人達を見て
大きな違いをかんじる。
従って元々の本質を理解している人達のことを指しあえて本流と言う
言葉で現わしたのかな?と受け止めましたが如何でしょう?