「アーナンダよ。修行僧たちはわたしに何を期待するであろうか?
わたくしは内外の隔てなしにことごとく理法を説いた。 完(まった)き人の教えには、何ものかを弟子に隠すような教師の握り拳は存在しない。
『わたしは修行僧の仲間を導くであろう』とか、あるいは『修行僧の仲間はわたしに頼っている』とか思うことはない。 常に向上に努める人は、修行僧の集いに関して、何を語るであろうか」−「ブッダ最後の旅」中村元訳

ゴータマ・ブッダは弟子に教えを隠したり内外で言うこと変えたり、もったいぶって秘密にしたりする人じゃなかった
頼るべきは、めいめいの自己である。また、それは普遍的な法に合致すべきものである。自灯明法灯明とか、釈尊は本当に人格者ですばらしい
魅力にあやかって、後世の人が発言を後から付け足したくなるのも分かるというもの