ノジー

2026.09.16 07:49

「コメントが荒れた時には、きっと読者が荒波を静めてくれるだろうと」とあり、ちょっとあまりにも雑な説明に感じたので、お伝えさせてください。

「はてなダイアリー」の頃になりますが、当時は「荒波」とするコメントをアンチとして排除するような場所ではなかったです。

2016年7月23日のブログには



【厳しい意見に、目を背けるつもりはありません。そのための全解放コメント欄です。胸に突き刺さるものもありますが、覚悟というものはそのために用意されています。言葉足らずで、誤解されているなぁと言う気持ちも生まれています。しかし、その手の意見は、世間一般の考え方として、もっともなものであり、僕なりに受け入れているつもりです。僕には、その場をクラッシュさせないために「相手を認めろ」と、いう考え方があります。たとえば、トラブル、摩擦は、自分の主張をやり投げのように放り投げたときに、生じやすいと思っています。相手にも、意志、主張があります。それを「認める」ことによって、おおかた解決されます。心を柔らかくするということでしょう。】



と綴られています。多様な意見があるなかで、読者の優しさによって自然と場が落ち着いていくというものでしたが?

キツい言葉が飛んできても、穏やかに応答したり励ましたり、違った視点で意見できる方もいました。そうしたコメントが連なるうちに落ち着いていっていたのです。

今は違います。

ASKAさんの発言や活動について疑問を呈したり、心配する声をあげたりした人を「アンチ」や悪意がある側として敵視する。ASKAさんを支持することは、上記のような人々を敵視することなのでしょうか?

昔と現在を同じにしないでいただきたい。