リグレッタが高校生の息子がいるというほどの年齢になっても、自暴自棄のような姿を見せるのは理由がある。
それは彼女が良き「母」になれなかったという悔しさに由来している。
一度は夢見た幸せが、自らの愚かな振る舞いによって崩れ去り、二度と取り返せない深い悔やみとしていつまでも付き纏ってくる。

それでも人は生きていかなければならない。

彼女は駄目な母、失格した自分を肯定するかのように、暴虐さを装うことで、無理やり今の自分を肯定して生きている。
彼女の明るく装った書き込みの影には、いつも悲しい涙の跡がある。
しかし、そこに僕らは悲しみも苦しみも受け入れ、過失も責任も負って、力強く前を向いた美しい女性の姿を見出すことが出来る。
彼女に注がれる酒場前住人の目は、いつだって暖かい。