沖縄県の玉城デニー知事は3~7日、訪中した。「観光、経済、文化など多面的な交流活性化に確かな手応えを感じた」と自画自賛しているが、中国政府要人との会談で尖閣諸島をめぐる問題に触れなかったことが批判されている。さらに、北京市郊外の「琉球国墓地」跡地を訪問したことが、中国に間違ったメッセージを送った危険性があるという。ジャーナリストで、日本沖縄政策研究フォーラムの仲村覚理事長が緊急寄稿した。


「つないでもらった『中国と沖縄の絆』をしっかり結んでいき、平和で豊かな時代をつくっていく」

玉城知事は4日、清朝時代に病気や事故で亡くなった琉球人を埋葬した北京市郊外の「琉球国墓地」跡地を訪れ、先祖への供養を終えた後、記者団にこう語った。

日本でもこのニュースは報じられたが、重要な情報が欠落している。どのような人物が埋葬されているかだ。

琉球新報は2016年1月14日付で、「明治政府によって琉球王国が併合された1879年の『琉球処分』前後に救国を訴えて中国に亡命、北京で客死した琉球人(14人ほど)が眠る埋葬地(現在はリンゴ畑)」「開発される危機に直面している」と報じている。

その後、北京琉球人墓墓参団が結成された。玉城知事が訪問したのは、この結果、保存された墓だったのだ。

前出の記事の「救国を訴えて中国に亡命」とは、「沖縄県の設置」に反対して清国に渡り、軍隊の派遣などを要請した人々のことだ。この中には、沖縄でも有名な林世功(日本名・名城春傍)がいる。

西里喜行著『清末中琉日関係史の研究』(東洋史研究叢刊)によると、北京に留学経験のある林世功は、清国で「琉球の危機」を訴えるが清国は一切動かず、1880年、絶望して北京で自刃した。享年40。

中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報は、琉球国墓地について次のように解説している。

《琉球王国の末期、清政府に日本への介入を要請したが琉球は併合された。林世功は後に自らの慷慨(こうがい)的な死が、琉球の再建に役立つことを願って自殺した》

習近平国家主席が「(中国と)琉球の交流の歴史は深い」と異例の発言をするなか、琉球国墓地に訪れた玉城知事について、中国側は「清国の軍事介入を要請した林世功の志を引き継いだ人物」のように見えたのではないか。

日本政府も沖縄県も、玉城知事の言動が、中国への間違ったメッセージにならないよう対応すべきだ。

夕刊フジ 2023.7/13 15:30
https://www.zakzak.co.jp/article/20230713-IICKQ23R6ZPCDMP2VAPZRR3JF4/

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