プロ野球界で史上初となる通算3000安打を達成し、「安打製造機」と称された張本勲氏が9月9日、86歳で死去した。在日韓国人2世として1940年に広島県で生まれ、5歳で被爆。幼少期に右手に大やけどを負うハンデを抱えながら左投げに転向し、1959年に東映フライヤーズでプロ入りを果たした。以降、巨人やロッテを渡り歩き、1981年の引退まで23シーズンで日本記録となる通算3085安打を打ち立てた。引退後も辛口の評論家としてお茶の間に親しまれたが、その舌鋒は自身のルーツである韓国にも向けられ、「いつまで日本に謝罪とカネを求めるのか」と祖国へ直言していたことでも広く知られている。

『朝鮮日報』で祖国・韓国へ「いつまで謝罪とカネを」と直言

在日韓国人2世として生を受け、長らく韓国籍のまま(晩年に日本国籍取得を公表)プロ野球界で活躍し、初代韓国プロ野球の創設や発展にも尽力した張本さんだったが、その信念は自身のルーツである祖国に対しても容赦なく向けられた。

2023年5月13日付の韓国大手紙『朝鮮日報』が掲載したインタビューおよび社説の中で、同氏は過熱する韓国の対日姿勢に対し、歯に衣着せぬ言葉で疑問を投げかけた。

張本さんは「いつまで日本に『謝罪しろ』『カネを出せ』と繰り返さないといけないのか。恥ずかしい」と綴り、先進国となった韓国が過去の歴史問題に縛られ続ける現状を厳しく指摘。「当時はわれわれが弱くて国を奪われたが、今では自負を持って日本と対等に手を組み、隣国として進んでいってはいけないのか」と訴えた。自身が被爆体験や厳しい差別を生き抜いてきた背景があるからこそ、「私は韓国人で、私の祖国だから言うこと」という胸に突き刺さる苦言だったという。

日韓で渦巻いた反響と張本さんの「本音の代弁」への共感
この『朝鮮日報』での言動は、日韓両国および在日コミュニティに大きな波紋を広げた。

当時の韓国では、尹錫悦政権が元徴用工問題の解決策を模索していた時期でもあり、保守層や現実主義層からは「韓国国民の本音を代弁してくれた」「対等なパートナーとしての未来志向な示唆」と好意的に受け止められた。一方で、進歩系勢力や市民団体からは「被害者の権利を無視した発言」と強い反発も起きた。

板挟みとなってきた在日コリアン社会でも、関係改善を望む層からは深い共感が寄せられたというが、著名人の一言が全体の総意とされることへの慎重論も存在した。また、日本国内においては、テレビ番組で日本社会に厳しい「喝!」を突きつけてきた張本さんが、祖国に対しても何ら変わらぬ信念と公平さで直言した姿勢として、その誠実さに改めて強い敬意が払われた。

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(zakU編集部 霞蓮刃)
https://www.zakzak.co.jp/article/20260910-EC3MSEZYTRFQBFHCRA5TELUZAQ/

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