2002年の大学院講義で、初めて韓日経済協力を構想
「韓日経済協力は、もはや選択ではなく必須」
「ハイニックスを買収した時から、いつ沈んでもおかしくないと考えてきた……生き残るために常に悩んできた」
「国家のことを考えていなければ、大韓商工会議所の会長は引き受けなかった」
崔鍾賢(チェ・ジョンヒョン)先代会長を、友人たちは産業界の「経世家」と呼んだ

【プロフィール】 崔泰源(チェ・テウォン) 1960年生まれ。高麗大学物理学科卒業、米シカゴ大学大学院経済学修士・博士課程修了。1998年にSK会長就任。現在はSK(株)会長、崔鍾賢学術院理事長、大韓商工会議所会長、韓日少子化対策交流委員会の韓国側共同代表。

「韓国と日本の連携は、政府、社会、企業、学界がみなで知恵を出し合い、継続的に議論していかなければなりません。どの水準まで統合するのかについては社会的コンセンサスが必要ですし、両国の状況と合意の度合いに応じて、段階的に協力を広げていけるはずです」

崔泰源(チェ・テウォン)SKグループ会長兼大韓商工会議所(以下、大韓商議)会長は、よどみがなかった。近ごろ、韓国社会に「韓日経済連携」という話題を投げかけ続けている人物である。構想を抱くに至ったきっかけは、遠い昔にさかのぼる。崔会長は2002年、ソウル大学工学部の技術政策大学院で、修士課程と博士課程の学生を相手に、ワークショップ形式の講義を1年間受け持った。「学生に何を教えるべきか」と悩んだ末、「大韓民国が未来へ進むには、どのように新しくデザインされなければならないか」をテーマに据え、そこで導き出した解の一つが「日本との連携」だった。それから25年がたった今、彼は極めて具体的に、そして確信に満ちた声で、韓国と日本が手を携えて新たな未来を切り開こうと訴える。

■日本との連携を訴える理由

10月13日、SKグループ本社のあるソウル市鍾路区瑞麟洞のSKビル35階で、崔泰源会長に会った。

「韓国経済のオリジナルモデルは日本です。日本に追いつくために、輸出中心、重化学工業の育成などを進めたのです。多様な商品を生産して世界市場に進出できたのは、WTO体制の下で、予測可能な経済秩序とルールが存在したからです。しかし今、かつてのような秩序が続くのは難しくなりました。日本から取り入れた経済システムが、いつの間にか70年を経ました。この先も機能するのかどうかを考えなければならない局面に来ています。新たな模索とは何かを考えたとき、その一つが日本との協力だったのです」

――障害となるのは反日、嫌韓でしょう。乗り越えられるとお考えですか。

「相手国に対する好感度は、かなり上がってきました。歴史問題はいつか解決しなければならない状況です。これまで努力してこなかったわけではありませんが、双方の立場は少し異なります。実際、今になって残っている問題は、お互いにまだ親しくないために生じているものですから、十分に乗り越えられるのではないでしょうか。どの国も隣国とは仲が悪かったものです。フランス、ドイツ、イタリア、それに米国とメキシコは、どうやって共存しているでしょう。それに比べれば、韓国と日本は決して近づけない間柄ではありません。彼らも生き残るために、必要だから力を合わせているのです」

――必要に迫られての連携だと。

「『あなたが好きだから何かをする』というのは、グローバル経済では通用しません。実益を見極めたうえでやるのです。政治も同じです。嫌韓が政治的に票になるなら嫌韓を前面に出しますが、多くの人が『もうそうではない』と言い、反日や嫌韓に触れるとかえって票が減るなら、もう口にしなくなるでしょう。もちろん、それでも反対する人はいるはずです。世の中に100%というものはありませんから(笑)。反対はあるが、それを乗り越えて進むのか。それを議論すべき時期が来たということです」

以下全文はソース先で

■「韓国との協力は必須」(十倉雅和(とくら・まさかず)前経団連会長)
■「韓日をまとめて巡る観光商品ができたら」
■「韓日協力のシナジーは、数字で示すべき」
■巨大市場が生まれたら何が起きるか
■「大企業も、生き残りを心配する」
■「キオクシアをめぐる外電報道は誤解」
■「EUをつくるのに70年……一歩ずつ進めるべき」
■「M&Aは、買った後が重要」
■「売り上げがなくても30年投資したバイオ」
■韓日連携なら6兆ドル規模の経済圏に
■「どうして自分の会社だけやれようか。国のために何かしなければ」
■父と息子

朝鮮日報日本語版 2026/10/20 11:35
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2026/10/20/2026102080062.html