この切断論を、視点の違う別のもので補足する。


“この現実世界に生存するものとして、
全く類を異にする全く他のものなる超越的実在に出会う時、
吾々が直接に受ける衝動は否定そのものである。

この世の因果的乃至意味的連関のうちに安住して居た吾々は、
高次の実在の不意の出現に出会う時は、
あたかも、左右に平穏に延びつつあった直線が
突然現れ出でたる上よりの垂直線によって切断されるが如く、
連続性の断絶を体験する。

これが即ち「無」である。”

“そこよりして吾々は、宗教的体験の発現としての、
無限性・有限性の対立及び相関を理解し得るであろう。

無限性は要するに一切を無に帰せしめる絶対的実在の威力の別名である。
しかしてこの威力に出会うとともにそこに現われる、
われとこの世との性格の変化こそ有限性である。”

― 波多野精一『宗教哲学』(1940)