時間概念についてだいたい19世紀末以降の時期から若干の人々によってなんとなく察されていたのは
ニュートンが想定してたような(絶対)時間はより「根本的な何か」を抽象して見出されたものだ、ということ
問題はその「根本的な何か」そのものと世に流布している時間概念との関係で、ハイデガーは『存在と時間』でそれらを明確に記述することが出来なかった
これは事実で、しかも今日においてハイデガーどころか他の誰もハッキリさせてはいない