白江幸司
あ、ジャンクへとつなげられてふと思ったけど、
団塊世代って無自覚なナショナリストがやたらと多いわけですが、
スガってナショナルカルチャーの想像力かそれ以外としてのジャンクかという二極しかなさげじゃないすか。

そうそう。ジャンクとして呼ぶことで反転した聖性も付与しつつ、
ナショナルな表象への抵抗の契機を入れたりしつつ、
でも大前提として漠たるナショナルなレギュレーションがあるんじゃないですか。
ナショナルカルチャー大崩壊デフォ感覚で見るとヌルい神秘化作業に見えるんですよ

たとえば60年代アングラから今に至る破壊性や侵犯性、享楽性なり、
ピックアップできるアスペクトはいくらでもありそうなものなのに、そういう分析言語にいつまでもならず、
べたっとしたジャンクという言葉だけが振り回された感がありません?
結果的に00年代の分析言語喪失を表してると思う

正規的・非聖典的なカルチャーというのはさまざまな種別であるわけですよ、
たとえば初期カイエが発掘したハリウッド映画は当時においてはゴミみたいな金儲け的娯楽産業ですし、
で、西部劇にはアメリカ右派要素もあったり。こういう個々へのアプローチ能力が全然ないなと。

今大月あたりの右派と合流してるのもある意味必然なんじゃないすか。
ナショナルカルチャーだけで何とかやれた20世紀へのノスタルジーに見える。
大衆芸能とテレビと国民映画と文学だけ抑えればよかった左派文芸批評ってめちゃ無教養ですよ

いや、ガワとして概念操作してる前の段階の、
文化に対するアプローチや解析能力がかなり低い気がするんですよ。それは精神分析のせいではないでしょう
2018年8月10日