◇四句分別(テトラレンマ、四句否定)

1. 肯定            (Aである)
2. 否定            (Aではない)
3. 肯定かつ否定      (Aであり且つAではない)(両是)
4. 肯定でも否定でもない  (AであるのでもなくAでないのでもない)(両否)


◇四句否定(以下、角川『仏教の思想 3 空の論理<中観>』第一部より)

四句否定(厳密に一致はしないが、便宜的にテトラレンマと呼ぶ学者もある)はナーガールジュナの創見ではなくて、
すでに初期経典にも見られたもので、彼はその伝統を受け継いだだけである。
たとえばナーガールジュナの
「世尊はその死後に、存在するとも、存在しないとも、その両者であるとも、両者でないとも、いうことはできない」(二五・一七)という詩頌は
『マッジマ・ニカーヤ』六三でマールンキヤーブッタがシャカムニ・ブッダの教えとして伝えるものと内容は同じである。

『中論』にはこの形の四句否定ははなはだ多い。
ものは自らも生ぜず、他からも生ぜず、自他の両者からも生ぜず、無因(両者の無)からも生じない(二・二)といったり、
本体についても、自己の本体、他の本体、存在(自と他)、非存在(両者の無)のすべてを否定している(二五・三−五)。

有名な詩頌「有でなく、無でなく、有無でなく、両者の否定なるものでもない、四句を越えた真実を中観者は知る」(プラジュニャーカラマティ『入菩提行論注』第九章引用)
が示すように、四句否定は中観の真理を表わすものと理解されてきた。