儒教にも他者への無償の奉仕はあります。
儒教は葬儀儀礼から発展したと言われます。
礼に従い祖先を敬う。
それは儒教の中心概念、孝とつながります。
礼に従い親を敬う。
親もまた徳を持って子に従う。
それが目上の者へ、主君へと展開され、
徳治による組織となる。

だから他者への無償の奉仕も、徳が基本となります。
世界宗教のような人類愛よりも、自らの所属する組織のために、見返りなく奉仕する面が強い。
儒教は実働を重視することからも、人類のような抽象的なものよりも、目の前の現実の人を重視します。

しかし儒教においては無償の奉仕は本質ではありません。儒教は宗教ではなく、合理的で統治術と言われる所以はここにあります。

たとえば日本で江戸時代に武士に儒教が奨励されたのは、それ以前の武士道の非合理的な刹那主義を解消し、合理的な秩序をもたらすためと言われます。

たとえば江戸初期に流行ったのが殉死です。
主君が死ぬとともに自決することが家臣の忠義とされました。
このような非合理的な行為を幕府は禁止しました。
その時に重視されたものが儒教倫理と言われます。
あるいは赤穂浪士も、世間から喝采を浴びましたが、儒教倫理によって、否定され浪士たちは処罰されました。