私が自分では何もしないで他人に説明だけを求めているというのは完全な事実誤認でしょう。
何度も繰り返すとおり、私は学校教育での数学もまともに勉強していないので、あたかも
自分が数学の表現をきちんと理解しているかのように自分が説明しようとすることは意識的
に避けている。いずれにせよ、学校教育の数学はパターンに慣れて、それを出題される
問題に応用する技術の習熟を求めているだけで、それを身に付けてもそこから数学の
哲学など出てこない。学校英語でいくら高得点を出せる技術を身に付けたところで、
英語の表現を日本語で適切に説明できるようになるわけではないのと同じことです。

∫(-1→1) i^n=(2(√-1-1)(√-1+1))/(√-1log(-1))=∫(0→π) (2/πi)*e^(i*n)=1+1/(3+(1+3)/(5+(1+3+5)/(7+(1+3+5+7)/9+...=4/π

この関係をきちんと普通の日本語で説明することにこそ、数えることを哲学することの核心が
あるように私には思えるのです。これに関連して、私は、数学において知られている事柄に
ついて、多くの哲学的な解釈を提案してきた。乗法を「qualification」、除法を「de-qualification」、
累乗を「self-qualification」、その逆に「x^(1/n)」において「n」を大きくしていくことを「self-
de-qualification」と表現し、nを無限に大きくすることによって現れる「1」が、不特定の自己
同一性を表していると解釈したこと、πに数値としての自己同一性がないことを示した
ことなどが、これまでのそのような取組みに含まれます。