専門家というのは、自分の分野の用語の定義に強いこだわりがあるんですよ。
それを学ぶことの多大な時間と労力を投資しているからね。で、その定義を
無視されると、自分が安く値踏みされたような気分になる。
で、ハイデガーを勉強すれば、存在と存在者と現存在の違いに強くこだわる
ようになり、レヴィナスをすると、「顔」や「他者」という言葉に強くこだわるよう
になる。でも、一般の人々にとっては、そんなことはどうでもよく、哲学をする
ことに関しても、そんな言葉遣いの定義に対する執着は妨げにしかならない。
いくらそんなことを厳密にやったところで、ハイデガー学、レヴィナス学など
の哲学者研究か、哲学学になるだけ。