批判しているようにみえるのですね・・・。
疑問に思ったことの質問と確認のつもりだったのですが、訊き方が悪かったようです。すみません。
特別視することも悪いことだとは思いません。
それから訂正、「本当の好き」と言ってはいませんでしたね。これもすみませんでした。
>>30
考えたことをまとめます。
まず、「本当にその子の事が好きならば、ポンポン好きなところが言えるべきだ」と考えたのはなぜか。
これは確認だと思いました。
例えば、吊り橋効果というものがあります。似た症状からくる誤認というものですが、
こういう勘違いを避けるために、一般的に、好きな理由を考え、当てはめて、確認する。という一連になり、
「本当にその子の事が好きならば、ポンポン好きなところが言えるべきだ」という考えになったのだと思います。
次に、個人的見解なのですが、
人間の行動や感情は全てなんらかの理で成り立っていると思っています。
どんなに突飛な行動だとしても、そこに至る理があり、それに従っています。しかし、意識的に理解してるとは限らない。
なので、あなたは何らかの理に従い、その子を好きになった、はずです。
ですが、思いつく限り好きな理由を並べた時、他の人も条件に合うがその人を好きと思はない(ですよね?)ということがおきる、のだと想います。
結論として、「好きな人の好きなところは考える必要がなく、ただ好きっていう気持ちさえあれば問題ない」ですが、
問題ない、と思います。その好きが誤認ではなく、好きという感情であるならば理由を思いつかないとしても問題ないはずです。
ただ,好きな理由を全く答えられないのは、相手に訊かれた時に困るかもしれませんが、これは、題から外れるので、まあ、いいか。

ところで、「単純なものへと成り下がっちゃう」とありますが、これはいけないことですか?
単純=特別ではない、或いは、くだらないもの、ではないと思うのですが。
ここらへんは感性の問題なのでしょうか・・・。