哲学的に反省のない存在論は、素朴存在論になる。その意味では、いわゆる
分析哲学が論じる存在論も概ね素朴存在論に属する。分析哲学で許容されて
きたのは、せいぜい、素朴存在論に疑念を呈する立場にすぎない。