考え方の違いですね。最初から、これは数学であるとか、これは哲学であるとか分類
されるような問題は既に面白くないんですよ。まず課題があり、それを解決しようとする
意欲(willingness)があることが重要だと思うのです。さらに、解決のために最適な
アプローチを見つけるためには余裕が必要であり、その余裕が「遊び」と呼ばれるものだ。
その遊びにおいては、それが他者に害を及ぼすような行為とならない限り、どのような
手法を試みることも許される。ただし、そのような試みが成功するためには、自己を
律する必要性が生じ、それが相互的な自律性をもたらすことによって競い合いや
協力関係が生じる。もちろん、人には向き不向きがあるから、そのような試みを
繰り返してもたいした結果が得られないことが多い。それでも、最初から何も試みない
よりも、何らかの結果が得られる可能性が高まり、はるかに生産的だと思うのです。
これは、別の数学や哲学に限ったことではなく、スポーツなどでもまったく同じこと
でしょう。