>>456
エドモンド・リーチ「時間の象徴的表象に関する二つのエッセイ」によれば、未開の地の人々は時間を「対極にある世界の振動」として表していたという。
未開の地の人々は、古来から暮らしを変えてこなかった人々である。
つまり必然的に古代の人々も同様な時間感覚を所有していたと推察できる。
この時間感覚は、高度な時間概念を持つマヤ文明にも当てはまっている。
詳しくは横山玲子「マヤの時間」「空間と時間の文明学」を参照されたい。

ここから、人々はかつて時間を「固まり」として捉えていた事が分かるだろう。
つまり離散的な有限個の状態こそが時間で、この時間感覚こそが人間の最も純粋な時間に対する思考の結末であると分かる。

ではなぜこのような時間感覚が古代人に現れたのだろうか?
その答えとなりうる一つの解釈として私は、
『クロック遺伝子から発現した25の離散的状態を持つタンパク質が産み出す「生体時間」が、人間の時間に対する認知を無意識に離散的にしている』
という考えをここに書き込んだ。