何事であれ、最終的には自分で考える覚悟がないと、情報の山に埋もれるだけである。 羽生善治

だが、揚げ足をとるようだが、情報に埋もれ切った脳はどうだろう。
情報 > 人の良心、社会的に信用できそうな話 となる。しかし社会性をコンピュータの光刺激だけで代替して制御しなければならない。
情報の取捨選択を放棄することも、極端な状態まで陥ったなら、逆に利用するという発想を取らざるを得ない。
選択しないという選択はテロ思想であり、思考停止であり、死の克服である。
社会的信用を無視して、社会的制裁を受けても、それでも「お前が言うな」を言い続けることができる。
失うモノは何もない。私に残ったのは役に立たない、それでも信用することを選択しきった「情報」だけなのだから。