さて、私は世界内で、手頃ではなく、高嶺の花のようにお高い存在者に出会う
それは、私の股間内存在をひとつの隆起へと際立たせるが、私の手が届かない一つの薄い膜上においてそうするのであり、私はしかたなく私自身の手を用いてやる
そのときの私は世界-内-存在から、「手仕事-中-存在」へと移り、絶頂において、脱自する
しかし、私は、その薄い膜上の存在とは一向に触れ合うことなく、世界内にひとり取り残される
現存在は、こうした循環の中にある