語れないものが本当の「無」である。
「本当の『無』」などと語られた時点で、それは「無」ではない。

語れないものはどこにあるのか。
外延性の公理では「無」も外延として語れてしまう。
内包性の公理ではどうなるか。
分出公理では「無」も語れてしまう。
語れてしまううえにパラドックスをひきおこす。
そこで置換公理だ。
置換公理には語れないものがある。
この置換公理に内在する語れないものを語ろうとするとさらに語れないものができる。
そのような公理の公理たるものを定式化できないか、と考え中。