>トンネルを抜けた先の世界は光に包まれている。〔中略〕
>この段階までくると、臨死体験者は自分がいるところが生前暮らしていた物質世界とはまったく異なる次元であることを認識している。
>その理由のひとつは、周囲の光景のすべてが、生前見慣れていた世界よりもずっとクリアで、色鮮やかでリアルであることだ。
>現実の世界よりずっと鮮やかな極彩色の世界で、言葉で何色とは言い表せない色彩もある。
>臨死体験者がよく使うたとえを引用すれば、高品位のテレビ画像と古いブラウン管のテレビ画像の違いで、
>死後の世界のリアルさに慣れると、現実の世界はかえって非現実的なものに見えてくる。
>このリアルな死後の世界こそが現実で、自分が生きていた世界は、自分が演じていたドラマのようなものにすぎなかったのだ、
>という新たな認識が臨死体験者に生まれる。
(エリコ・ロウ著『死んだ後には続きがあるのか 臨死体験と意識の科学の最前線』 P121,122)
>臨死体験では、生前の体験だけではなく、自分に関わる未来の情景も映画のように見せられることがある。
(同上 P125)
臨死体験者はまず
>視点が自分のからだの外にあることで、自分がからだから出て意識だけになって存在しつづけていることを認識する。
>死後の世界で意識を取り戻すと、すべてが変わり、別の次元にいる。
>たとえ現実の世界は見聞きできても、それはホログラフィーのようで、人や物に触れても、触感はない。〔中略〕
>SFが描く透明人間のようになっていて、人も物体も、壁も天井もホログラフィーのように実体がなく、すり抜けられるのだ。
(同上 P134,135)
>意識だけになって病室の宙に漂い、自分を蘇生させようとしている医師や周囲の人たちの会話を聞いた記憶をもつ人は多い。〔中略〕
>生きている人が口には出さず自分の心の中で考えていたことが分かってしまうこともある。
>家族が自分のために心の中で祈ってくれていた言葉、
>自分の蘇生処置が行われている手術室にいた医師や看護師が心の中で考えていた雑念などを体外離脱中の意識でしっかり認識し、
>覚えていたという人もいる。そうした記憶が事実だったことは、心を読まれた当人が認めた例も数多く報告されている。
(同上 P138,139)