異なる「前提」を生きてみる

5月上旬、イクオリティ・ラボのイワノビッチ氏はフロリダ州マイアミ・デイド郡で
プログラムの導入を進めるため、庁舎で職員たちに作品を紹介していた。VRを試した
白人女性のキャサリン・ボルトさん(23)はこう話した。「心がすごく痛んだ。経験が
ないことを想像するのは難しいけどVRで自分の身に起きると理解しやすくなる」

様々な人種の人たちが集まるマイアミだけに、庁舎では、ヒスパニック、白人、黒人と
多様な背景の参加者が次々にVR端末を手に取った。黒人男性、デ・アンドレ・スレーターさん
(27)は「VRの中で警察車両のサイレンが鳴り、手を上げろと言われたときは怖かった。
当時のような人種差別は今も残っているから、よく知っている感覚がした」という。
「相互理解には経験が一番の教師だ。VRは言葉や本より効果的だろう」と話す。

他者を理解するという行為は昔から社会的な行動の一つだった。だが、それにはどうしても
限界があった。自分の人生経験から生まれる「前提」と他者の「前提」が異なるためだ。
アバターを通じて違う自分の人生をよりリアルに近い感覚で生きてみることで、
その溝を少しでも埋めることができるようになるかもしれない。

世界の民主主義国家では他者への不寛容や社会の分断が進んでいる。有色人種や移民への
差別や排除に眉をひそめる人も少なくないだろう。だが、自分との同一視には壁がある。
「共感」の度合いに限界があることも一つの要因となり、差別や排除に批判の声をあげる
実際の行動まで踏み切れない人たちも多いのではないか。

研究室の外ではプロテウス効果を生かす取り組みはまだ始まったばかりだ。人間を自分の
身体の制約から解き放つVRは異なる人々の相互理解を助ける新たな手段になりうる。
そしていつか「他者への理解」が「実際の行動」につながれば、VRは分断されつつある
世界を再びつなぎ合わせる「救世主」となる可能性も秘めている。