「思いと裏腹に」というのは、「おも(面)ひ(複)とはうら(=表面の反対側)はら
(≒広がっている様態)に」なのだから、おもて(表)む(向)きの裏の裏、二重反転
ということになる。現実が「思ひを裏切る」とすれば、それは、現実があらかじめ
、「おも(面)ひ(複)」とは無関係の「おもて(表)/appearance」として立ち現れて
いるということではなく、「おもて(表)/appearance」の反転の反転として
現れていることになるだろう。そのような現実が、「あらかじめ存在していた
『はず』」のものとして意識されるなら、そこには推論の働きがある。